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* はじめに *
 この森や建物の名前にもなっている「グリム」とは「グリム童話」「グリム兄弟」の「グリム」です。
 「グリム兄弟」は1800年代に活躍した政治家であり、学者であり、文学者であった兄弟のことを指しています。
 兄のヤーコブは1785年1月4日、弟のヴィルヘルムは翌年2月24日にドイツのヘッセン州ハーナウに生まれました。ふたりは、早くに亡くなった父親の代わりに弟妹たちを支えながら、立派な業績を残しました。
グリムの館外観
 グリム兄弟は、ドイツの伝承昔話を後世に残そうと、身近な女性たちから昔話を聞き、それを文章にしました。その時の題名は「Kinder - und Hausmarchen」といい、日本では「子どもと家族のための童話」と訳されています。1812年に初版が発行された時は156話だったこの本は、版を重ね、最後の第7版(1857年)では200話に達しました。これらのお話は、今でも「グリム童話」として世界各地に広まっています。「グリム童話」はふたりが創作したものではなく、既に地方に根づいている話を集めたものなので、グリム兄弟は「作者」ではなく「編纂(※)者」というほうが適切でしょう。また晩年のグリム兄弟は『ドイツ語辞典』の編纂に多くの力を注ぎました。16年の歳月をかけて1854年に第一冊分を刊行しましたが、膨大な辞典の編纂は彼らの生存中には完成をみない仕事でした。弟ヴィルヘルムは1859年12月16日(享年73歳)、兄ヤーコブは1863年9月20日(享年78歳)に亡くなりましたが、この辞典の編纂は後継者によって営々と続けられました。ドイツが東西に分断された後も、国家体制の壁を越えて両ドイツの学者たちが協力し、グリム兄弟が手がけてから123年後の1961年に完成しました。
※編纂(へんさん)・・・資料を探し集めて書物をつくること
 
 
* なぜ石橋町(下野市)が「グリム」なの? *
 石橋町は昭和41(1966)年、グリム兄弟が生まれ活躍したドイツのヘッセン州にある、シュタインブリュッケン村の児童と絵画や習字などの作品交換を始めました。 「シュタイン=石」「ブリュッケン=橋」を意味するこの村は、同じ「石橋」という名前なのです。
 昭和50(1975)年には姉妹都市の盟約を結び、以来交流を続けてきました。石橋町は平成元(1989)年より、グリム兄弟が童話を通して世界中の人々に夢やメルヘンを与えたように、夢とロマンが感じられるまちづくりを目指し、地域づくり事業として『世界に誇るグリムの里づくり』をテーマにして、まちづくりをすすめてきました。グリム兄弟が生まれたハーナウも、姉妹都市と同じヘッセン州にあるのです。
 平成8(1996)年11月にはその中核施設となる、このグリムの森・グリムの館を開館し、グリム兄弟のこと、グリム童話のこと、また姉妹都市のあるドイツのことについて、多くの皆様に知っていただこうと資料の収集・展示をおこなっています。現在、シュタインブリュッケンは周辺の3村と合併し「ディーツヘルツタール」の一部に、石橋町も合併して「下野市」となりましたが、下野市とディーツヘルツタールは姉妹都市として、変わらず交流を続けています。
 
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